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東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)129号 判決

一 請求の原因一ないし三の事実及び審決がその理由の要点1ないし3で認定した事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、原告主張の審決取消事由について検討する。

1 取消事由(1)について

(一) 前示当事者間に争いのない事実によれば、本願発明は原告が請求の原因四3(二)で主張する構成Aと構成Bとからなり、構成Aの「エポキシ樹脂やシリコン樹脂などの合成樹脂材料」については特段の限定がないので、これと第一引用例記載の「シリコン樹脂」との間に実質的な差異はない。したがつて、本願発明の構成Aと第一引用例に示された工程との差異は、審決認定の相違点(1)に尽きること、すなわち、合成樹脂材料で被覆する対象が、本願発明においては「半導体素子とその接続線」であるのに対し、第一引用例の方法においては「半導体素子」であり、「接続線」について特に具体的な記載がない点にのみ差異があることが明らかである。

(二) ところで、成立に争いのない甲第二号証によれば、本願明細書の発明の詳細な説明の項には、混成集積回路部品の従来の製造方法の欠点を「はんだづけによつて外付部品を接合する際、それに用いる接合材料が半導体素子にとつて好ましくない不純物質となることが多い。すなわち、はんだづけ法では、はんだづけすべき電極部分の酸化膜を除去するためフラツクスを塗布するが、このフラツクスはpH4~5の酸化膜除去剤であり、しかも電極部分とはんだとのなじみをよくするためのもので、たとえば金属樹脂酸塩を含む電気的感応性不純物である。また、はんだ金属(Sn―Pb合金)を、半導体素子や、金もしくはアルミニウムの接続線に付着する場合、異質金具の付着であるから電位差が生じて、その付着接触部分に腐触作用が起こり、断線状態となるような現象を招くおそれがある。また集積回路では、集積度を上げるために複数個の半導体素子を同一基板上に配置するが、金属細線によつてこれら半導体素子と所要電極とを接続することは頻(煩)雑であり、その後の取扱いに不備がある場合には、接続線の短絡事故や断線事故が多発して使用不能となり、それによる損失は大きい。」(同号証一欄下から二行~二欄一九行)と説明し、次いで、本願発明の目的を「本発明は、上記問題点を解決することのできる、混成集積回路部品の製造方法を提供せんとするものである。」(同二欄二〇~二二行)と述べ、本願発明の効果として、「この方法によれば、半導体素子やその接続線をあらかじめ樹脂被覆しているため、それが後工程でフラツクスで汚染されたり、はんだ金属の接触により汚染されたり腐蝕されたりすることがなくなる。しかも全体を樹脂封止する必要性がある場合、特にトランスフア成形で封止するとき、成形樹脂が金型内に注入される際の動圧から半導体素子を保護し、複数個の半導体素子を同一基盤上に配設しても、短絡や断線を生ずることがない。さらに、半導体素子は樹脂被覆層によつて熱的に保護されていることもあつて、混成集積回路部品において導電体層にはんだ浸漬によるはんだメツキが可能となり、真空蒸着法あるいは印刷法で形成された導電体層の通電容量をより大きくすることができ、著しく高い品質の混成集積回路部品を製造することができる。」(同五欄一八行~六欄六行)と記載していることが認められる。

右記載と前示当事者間に争いのない本願発明の特許請求の範囲の記載によれば、本願明細書には、半導体素子とその接続線に適宜の被覆を施こすことなくはんだ付け工程を行う従来方法の欠点を解消するために、本願発明は、はんだ付け工程に先立つてあらかじめ合成樹脂材料によつて「半導体素子とその接続線」を被覆する工程(構成A)を採用したものであり、これによつて右従来方法の欠点を解消するとともに、この被覆部分以外の導電体層部分にはんだ浸漬によるはんだメツキを施す構成Bを採用することを可能にし、もつて、前示効果を奏することができた旨説明されていることが認められる。

このように、本願明細書には、半導体素子とその接続線を合成樹脂材料で被覆しない従来方法との対比によつて、本願発明の目的・構成・効果が説明されているが、はんだ付け工程に先立つてあらかじめ「半導体素子」を合成樹脂によつて被覆する方法がすでに第一引用例に開示されていることは前叙のとおりである。そして、成立に争いのない甲第一〇号証によれば、第一引用例の方法における「能動素子保護被覆」とは「能動素子チツプに形成されているPN接合部を各種の汚染から守るために特別に精製されたシリコン樹脂(ジヤンクシヨンコートレジン)でチツプ表面を被覆する工程」(同号証二頁一~六行)を指し、少くともその後に行われる「通常のハンダごてによるハンダ付け、ないしはハンダ付けすべき基板の一端部のみを溶融ハンダに接融させるハンダ付け」(同三頁七~九行)による汚染から半導体素子を保護する目的を有するものであることが認められる。

このように、はんだ付け工程などの後工程における各種の汚染から保護するために半導体素子を合成樹脂材料で被覆することは、第一引用例に開示された本願原出願前公知の技術であつたことが明らかである。

(三) 一方、成立に争いのない乙第一号証の一・二によれば、本願原出願前の混成集積回路のパツケージ方法の技術水準を示すものと認められる記事のうちに、混成集積回路の内部パツケージにはシリコン系樹脂のジヤンクシヨンコートレジンが機械的(熱的に起こる)シヨツクの防止、各素子の水分、塵分からの保護、漏洩電流の避止と共に金線すなわち接続線の断線防止のために一般的に用いられていることが記載されており、この記載によれば、混成集積回路の内部パツケージにおいて半導体素子と共にその接続線を合成樹脂材料で被覆することは、本願出願前周知の技術であつたことが認められる。このことは、前掲甲第一〇号証により認められる渡弘作成の回答書中の「能動素子チツプの大きさ、ないしはワイヤの張り方、あるいはその時の保護被覆の施し方等により保護被覆は能動素子チツプに施される以外に、ワイヤについてはその一部のみに施され残部には施されない場合と、ワイヤ全体を覆うように施される場合があつたと思われる。」との記載によつても裏付けられる。さらに、成立に争いのない甲第七号証によれば、個別トランジスタに関する技術であるが、多数並列に植設されている櫛歯状電極片に接合されている複数個の半導体素子と、この半導体素子を他の電極片に接続する導線とを絶縁物質により共に保護被覆する技術が本願原出願前すでに確立されていたことが認められ、この技術は、個別トランジスタに関するものであるが、複数個の半導体素子の各々をその接続用導線と共に保護被覆する点において、混成集積回路に直ちに適用できる技術であることは当業者にとつて明らかなところと認められる。

(四) 右事実によれば、絶縁基板上の所要導電体層上に接合された半導体素子とその接続線をはんだ付け工程に先立つてあらかじめ合成樹脂材料で被覆することは、前示第一引用例の方法と周知技術により当業者が容易に想到できる程度のことであることは明らかといわなければならない。

(五) 原告は、本願発明を完成させるについては樹脂材料の選定が一つのポイントであり、この点に本願発明の困難性があつた旨主張する。しかし、前示本願発明の特許請求の範囲には、被覆材料である合成樹脂は「エポキシ樹脂やシリコン樹脂などの合成樹脂材料」と規定されているだけで特段の限定がないので、本願発明の「合成樹脂材料」が第一引用例記載の被覆材料である「シリコン樹脂」と実質的に差異がないことは前叙のとおりであるから、原告の右主張は採用できない。

(六) 以上のとおりであるから、審決が相違点(1)につき、第一引用例に開示されている方法と周知技術に基づき、「本願発明のように絶縁基板上の導電体層に接合された半導体素子と接続線を合成樹脂材料で被覆して、溶融はんだの影響をなくするようにすることは、当業者が必要に応じて容易になしえたものと認められる。」と判断したことは正当である。

原告が審決の右判断に至る理由付けの個々の点について論難するところが、右判断の正当であることを覆えすに足りるものでないことは前叙説示に照らし明らかであり、結局、原告の取消事由(1)の主張は失当というほかはない。

2 取消事由(2)について

第二引用例に審決がその理由の要点2で認定した技術が記載されていることは当事者間に争いがない。

そして、成立に争いのない甲第四号証によれば、第二引用例には「リード付けには通常はんだ付け法と溶接法とがある。前者が一般的であり、量産にはフラツクス塗布、はんだデイツプを連続的に行なう自動はんだ付け装置が用いられる。」(同号証四六頁右欄五~八行)との記載があることが認められ、前掲甲第三、第一〇号証によれば、第一引用例の方法の「組込素子、外部リード線のハンダ付」工程には、「通常のハンダごてによるハンダ付け、ないしはハンダ付けすべき基板の一端部のみを溶融ハンダに接触させるハンダ付け」(甲第一〇号証三頁七~九行)が用いられていたことが認められるところ、はんだ付けの際にあらかじめはんだメツキを施しておくことがはんだ技術として本願原出願前から慣用の手段であることは、当事者間に争いがない。以上の事実によれば、集積回路の製造において外付部品や外部導出線をはんだ付けするに際し、導電体層の所定箇所を溶融はんだに接触させることによりはんだメツキを施す方法が本願原出願前公知の技術であつたと認めるのが相当である。そうとすると、半導体素子とその接続線をはんだ浸漬に耐えうる合成樹脂材料で被覆することが当業者にとつて容易に推考できること前叙のとおりである以上、第一引用例のはんだごてによるはんだ付け、あるいは基板の一端部のみを溶融はんだに浸漬する方法に替えて、右被覆部分以外の導電体層の全面に溶融はんだに接触させることによりはんだメツキを施し、外付部品や外部導出線をはんだ付けして所要回路を形成し、もつて、本願発明の構成Bを得ることは、当業者にとつて容易に想到できる程度のことと認めるのを相当とする。

原告が引用する甲第一〇号証の回答書中の質問2に対する回答は、合成樹脂材料としてジヤンクシヨンコートレジンを用いた場合について述べるに止まるものであつて、前提を異にし、右判断を覆えすに足りるものということはできない。

したがつて、審決が相違点(2)につき、「当業者が必要に応じて容易になしうるもの」と判断したことは正当であつて、原告の取消事由(2)の主張は理由がない。

3 取消事由(3)について

以上1、2に述べたところから、審決が「本願発明は、第一、第二引用例の記載事項に、当業者の技術常識を加味することにより、必要に応じて格別の工夫を要することなく容易に発明できたもの」と判断したことが正当であることは明白である。

原告が主張する本願発明の効果(1)(2)(3)が本願発明の構成から当然に生じる効果であつて格別のものでないこと、また、原告の取消事由(3)のその余の主張がいずれも理由のないことは、前叙説示に照らし自ら明らかである。

4 以上のとおり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にこれを取り消すべき違法の点は見当たらない。

三 よつて、原告の本訴請求を失当として棄却することとする。

〔編註〕 本願発明の特許請求の範囲は左のとおりである。

絶縁基板上の所要導電体層上に接合された半導体素子とその接続線を、あらかじめエポキシ樹脂やシリコン樹脂などの合成樹脂材料で被覆し、この被覆部分以外の導電体層部分に、溶融はんだに接触させることによりはんだメツキを施し、外付部品や外部導出線をはんだづけして所要回路を形成することを特徴とする混成集積回路部品の製造方法。

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